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"8888 Demonstration at Myanmar Embassy in Japan 2010.mov" の動画はこちら

"8888 Demonstration at Myanmar Embassy in Japan 2010.mov" について
ビルマ(ミャンマー)では1988 年、学生に率いられた大規模な民主化要求運動が起こった。 8月8日は学生たちが主導してビルマ全土で大規模なゼネストをよびかけた日である。 ビルマ社会主義計画党議長兼大統領セイン・ルィンは戒厳令を発布、国軍を出動させ制圧に乗り出したが失敗、これ以降一般市民がデモに加わるようになった。セイン・ルィンはわずか17日間で退陣した。 戒厳令が解除されたのちは、首都ヤンゴン市内では連日数十万人規模のデモや集会が行われた。 しかし、9月18日、国民の要求に対し国軍は武力で応じ、自国民に向けて銃を水平射撃、三日間で1000人以上を射殺、運動を徹底的に弾圧した。 学生たちの多くは逮捕、拘禁され、逮捕を逃れた学生は国境地帯に移動し運動の新たな拠点を築こうとした。 我が国にも88年民主化運動を率いた元学生運動家が多く在留し、在日ビルマ人民主化運動を率いている。彼らの仲間の一部はいまだビルマ国内の刑務所に拘禁されたまま、拷問やその他の非人道的扱いにより、心身を病んでいる。刑務所で死亡した人も少なくない。「もう二度と政治活動は行わない」旨の書面に署名をすれば釈放される場合があるが、彼らの多くはその署名を拒否している。 1988年から22年がたった2010年8月8日、在日ビルマ人民主化活動家や支援者ら約1,300人が都内でデモ行進し、すべての政治囚の釈放、アウンサンスーチー氏と軍政の直接対話、今年予定の総選挙を正当と認めないことを訴えた。 在日ビルマ市民労働組合、ビルマ海員労組、在日ビルマホテル・レストラン組合などに連帯し、日本人労組も参加した。アムネスティ・インターナショナル日本、ビルマ市民フォーラムなどの日本人団体、個人も参加し、表現・集会・結社の自由、ビルマ総選挙の見直しとともに、翌日の8月9日ナガサキ原爆の日を迎えて平和を訴えた。

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